で、大阪と京都に行ってきました。
前日になっても、行こうかなぁ、どうしようかなぁ、と迷っていたけど、バスの券を買ってからは、すっかり「行くぞモード」が入り、そのまま朝に。
朝は霧の中をずっと走っていました。
畑からもうもうと水蒸気が上がり、それが霧になっていくのをずっと見つめていました。
「工事があるかもしれませんので、千里から大阪まで1時間かかるかもしれません」という運転手さんの予想は見事に外れて、定時に到着。
ちょっとお買い物してから、地下鉄で淀屋橋の「骨壷展」へ。
ギャラリーは駅からすぐ。昼過ぎでもまだ朝のような日の光が当たっている、明るいギャラリーでした。
それぞれの作品を見ながら、骨壷って、こんなに小さいものだったかなぁ、と思いつつ。
ひとつひとつが骨壷という人間にとってはとても「重い」モノではあるけれど、「生きる」場でのオブジェとして、生活の中にスッと入り込んでいけそうな作品が多かったです。
途中から、ギャラリーのオーナーさんが、ひとつひとつ手に取りながら、説明をしてくださり。
Y氏の作品は予告どおり、夏の展示のシリーズものでしたが、背景の風景がよりシャープに見えてきてるな、と思いました。できれば「モノ」も見たかったです。
芳名帳のところにあったカタログが、なかなかいい本でした。
オーナーさんに「どこかでお会いしましたっけ?」と尋ねられ、お話しているとやはり ギャラリーH.O.Tの話題になりました。まぁ、極まれに写ってましたけど(笑)
骨壷展、だったけど、なんだか明るく、さわやかな気持ちでギャラリーを後にしました。
駅の近くにあったパスタ屋さんでは、お水のかわりにジャスミンティーがでてきて。
パスタもなかなかおいしかったです。
その後、京阪に乗り、四条まで1時間。
駅に出ると・・・、もう歩道が初詣並みのぎっしり混み混み!
たどり着けるだろうか、とハラハラしながら歩く事15分ぐらいで、なんとか何必館に到着。
「木村伊兵衛の眼」展を見ました(12月8日まで開催中)。
木村伊兵衛の作品が気になりだしたのは、香川にいた時、リバー書房にたくさんあった、昔の写真グラフ誌に出ていた作品を見てからでした。
古い雑誌の写真からでも、当時からすでに彼の写真が他と全く違う次元で、出来事を、人間を語っていたという事は想像できましたが、本物を見る機会がなかなか来なくて。
今回この展示があると聞いてからは、早く京都に行きたい、と思っていました。
1回の「戦前」の写真たちから、もう何度もフロアーを回って見直してしまいました。
どうしたらあのように、沖縄の市場の音が聴こえてくるような、しんしんと降る雪の音が聴こえてくるような、その人がどんな作品を作っているのか、見ただけですっかりわかるような写真が撮れるのだろう、と。
構図とか、写真の色(モノクロだけど)とか、いろんな点でこうだから、という事も言えるけれども、そういう点を大きく飛び越え、画面からにじみでているものって、やっぱり大きいんだなぁ、と。
展示されていたのは、お茶室もあるような日本の、とても静かな空間だったけど、写真を見れば見るほど、その1枚1枚から、いろんな音が聴こえてくるようでした。
とにかく、見に行ける方は是非京都へお出かけください。
何必館を出てから、またも初詣並みに込み合った歩道を歩いて、四条大橋の上へ。
途中やっと人が途切れて、橋の上から上の写真を撮っていたら・・・
「そのカメラ、いくらぐらいするんや?」
と、ご年配の男性が話しかけてこられました。
私のC-3040が、小さすぎず、ズームもあり、といった欲しかったカメラに近いモノだったようです。
そのまま話が弾んで、クリスマスには奥様と一緒にイノダにケーキセットを食べに行くお話とか、旅行の話などしながら、阪急の駅までご一緒しました。
昔からそうなんだけど、やっぱり、私、話しかけやすいのかなぁ。
阪急百貨店の前、さらにすごくなった人ごみの中で、笑ってお別れしました。
京都駅もまぁ、すごい人人人。今の時期仕方ないですね。
まだ電車までかなり時間があったので、そのまま開店したてのビッグカメラ京都店に行ってきました。
このビックカメラ、京都駅の30番ホームと直結していて、2階には電光掲示板と改札も。
特急から降りて、駅をはさむことなく、お店にいけるのでした。
品揃えもなかなか細かく、カメラもほとんど試し撮りOK状態でした。
さっそくE-3も触ってみたけど、これは電池切れ。残念。
リコーのカメラも触りました。カプリオのビューファインダーはやっぱり面白く。
帰りは、その2階の改札から入ってみました。店内の明るさからすると、ホームがとても暗かった。どっちにあわせればいいんでしょうね。
今回の日帰り旅で思ったのは、やっぱり実際、この目で見に行かなければ、ということでした。
毎月出られるかはわからないけど、日帰りも楽しい、ってわかったので、これからはなるべく出たい、と。